『ピアノ調律師』を主人公にした漫画雑誌の取材を終えて ~ インタビュー記事~

  2010年7月
インタビューのお相手

横浜ピアノチューニング 佐藤さん(神奈川県)
 


さいたまピアノ調律 舟木さん(埼玉県) 

このたび『ピアノ調律師』を主人公にするという、めずらしい漫画雑誌企画の取材がありました。実際に取材を受けたお二人に、そのときの様子などちょっと語ってもらいました。



■今回の取材は、小学館の『月刊flowers』マンガ雑誌で、調律師を主人公にした漫画の企画だそうですね。そもそも、この取材をお二人が受けるきっかけは何だったのですか?

佐藤(横浜ピアノチューニング):
今年の1月に、こちらのサイト『ピアノ調律.net』から調律の依頼が来ました。いつものように内容を確認すると、調律のご依頼ではなく、小学館の『月刊flowers』の編集長さんから取材の申込みでした。おどろきましたが、同時に「ほんとかなぁ・・・?」と不安にもなりました。こんなご依頼は初めてだったので。

私の経験値ではたいしたお話ができないだろうし、どうしようかと思い、以前から仕事上でつながりのあった『さいたまピアノ調律』の舟木さんにも、いっしょに来てもらうことにしました。用心棒的な意味でも。(笑)

後日、お日にちなどを決めるために編集長さんとお電話でお話ししてみたら、この漫画に対する情熱というか一生懸命さが伝わってきたので、不安はなくなりました。


舟木(さいたまピアノ調律):

この取材の申し込みはもともと佐藤さんに依頼があったわけなんですが、取材を受けることに対して不安を感じていたようで、相談を受けました。それなら一緒に行ってあげようか?といった感じで気楽について行ったら、いつのまにか私も取材に参加していたというのが本当のところです。

最初は本当に用心棒のつもりだったんですけどね(笑)
おかげさまで、貴重な体験ができました。



■この「ピアノ調律師マンガ」のストーリーは、どういったものなのですか?

佐藤: 主人公は若い男性調律師です。ヨーロッパ帰りのけっこういい男だけど、ちょっとマザコンだそうです(笑)

その主人公が、調律やピアノを通していろいろなできごとを引き起こしたり、巻き込まれたりするお話です。

舟木:主人公が、調律師という仕事に行きつくまでに、なにかいろいろ試行錯誤があったようですね。取材当時はこの企画は本決まりではなかったようです。

しかし、発売日前日に、このマンガ「ピアノドクター」の連載が始まる6月号が、小学館から届きました。

早速読んでみたところ、冒頭から今後のストーリーの展開に関係するようなキーワードがちりばめられていて、読んでいくうちにどんどん引き込まれてしまいました。

この『月刊flowers』というマンガ雑誌は、きっと15~6歳以上の女性を対象にしているんじゃないでしょうか?


■その場に集まった編集者をはじめ、みなさんの雰囲気はどうでしたか?


佐藤:当日は、副編集長さん・漫画家さん・原作者さんと、舟木さんと、わたしを含む5人が集まりました。集合場所に指定されたのは新宿駅からすぐ近くのコーヒー1杯880円(税込み)の某高級喫茶店。

ふだん行ったこともないようなお店の雰囲気に呑まれつつ、おずおずと中に入ると、なにやら店員さんに話しかけているごくごく普通の若い女性がいました。

なんとなくその話に耳を傾けてみると、「5人くらいで待ち合わせ・・・」とか、ところどころ聞こえてきます。

「もしや・・・?」と思って声をかけると、なんとマンガ家さんでした!長い髪にふわふわパーマをかけて、ジーンズ姿のラフな感じでした。目が大きくてかわいいなと思いました。

先に席についてご挨拶をしているうちに、これまたラフな格好をした原作者の方、続いて小学館の女性副編集長さんが合流しました。こちらの副編集長さんは、さすがにピリッと大人の女性の出で立ちでした。

漫画家さん・原作者さん・副編集長さんたちも初対面だったらしく、あたふたと名刺交換を始めたのには、思わず笑ってしまいました。(笑)

舟木:依頼していただいた編集長は急な事情で同席出来なかったのが残念だったけど、とてもざっくばらんな雰囲気のなかで、自然に会話が進んでいったよね?もっとも私の場合、傍聴人的な立場から始まってるからかも知れないけど(笑)

原作者の方が気さくに場の雰囲気を和らげてくれたので、緊張することなく話すことができました。その辺の心遣いが絶妙でした!

でも新人マンガ家さんだけ、やけに緊張してたなぁ。


佐藤:すごくお話ししやすい雰囲気でしたよね~。確かにマンガ家さんは緊張&恐縮してた!


■取材では、どんなことを聞かれたのですか?

佐藤:え~と・・・

・調律師になったきっかけ
・調律師の男女の比率
・お客さんの所に伺う時に、服装などで気をつけていること
・もともといた会社から独立した理由
・何の音を聞いて調律しているのか
・嫌なお客さん・嫌な調律師はどんな人か

なんてことを聞かれました。

舟木:お客さんと仲良くなって結婚したりすることはないですか?なんてのも聞かれたよね。それとチューニングハンマーを持ったところをパシャパシャ写真撮ってました。



■取材で、なにか印象に残っていることはありますか?

舟木:とにかく新人マンガ家さんが緊張しまくってた。でも仕方ないですよね。この作品次第で、人気マンガ家の仲間入りをするかも知れないんですから。

佐藤:私もマンガ家さんの緊張具合が一番印象に残っていることですね。

全く知らない世界のことを絵にするのって、どんなに取材してもわからないことだらけだと思います。難しいことだと思います。

でもそれをやると決めたからこそ、真剣にこちらの話を聞いてくれて、一生懸命な気持ちが現われていたと思います。

あ、そうそう。またそのマンガ家さんの話題ですが(笑)、彼女がチューニングハンマーを持ったときの手の写真を撮る時に、他のお客さんにかまわずにフラッシュをたいて何枚も写真を撮っていたのが面白かったです。常に恐縮してた方が急に変身みたいな。(笑)

それと、マンガ家さんの名前が男の人の名前だったのでてっきり男の人が来るものとばっかり思っていましたが、会ってみたら若い女性だったのでびっくりしました(笑)

舟木:取材とはまったく関係ない話なんですが、私、中学生のころから「チューリップ」というバンドのコピーバンドをやってました。

驚いたことに、今回のマンガの原作者が、「チューリップ」のアルバムのデザインを長年手がけているデザイナーの方とお知り合いだということで、そっちの話で盛り上がってしまいました。 ほんとに関係ないんですが、でもこれは、私的にはかなり大きな収穫だったなぁ。(笑)

佐藤:とにかく、終始わきあいあいとした雰囲気で、時間が経つのがあっという間でした。

そんな楽しい雰囲気の中でも、少しでも多くの情報を得ようとしている姿が印象的でした。物語はフィクションですが、専門的な仕事を題材にしたお話なので、間違った模写をするわけにはいかないからでしょうか。

舟木:調律師を題材にしたマンガを書こうとする発想に新鮮さを覚えたのと、これは調律というニッチな業種の具体的な中身が幅広い層に知られるチャンスなんじゃないかと思いました。

当日の対談のなかで感じたことは、事前にこの業界のことをかなり調べていたようで、雑談のなかから、けっこう的確な質問を受けた気がします。



■今回の取材で、改めてピアノ調律師という仕事について考えたところもあるとおもいますが、ふだんのピアノ調律のお仕事、業界のことや将来のことなど、何かおもうことありますか?

佐藤:業界の問題点についてよく思います。未だになかなか不透明さの拭えない業界だと思います。

水道が水漏れをおこしたとき、水道屋さんに修理してもらうと水漏れが直る。それはお客様にも一目瞭然です。

でも、調律の世界ってなかなかその結果がわかりにくいお仕事ですよね。それをいいことに、たいした内容の仕事をしないで高額な料金を請求したり、社員の調律師にそんな仕事を強要したりする会社もあるようです。

たとえば、これは実際経験したことなのですが、半年前にほかの業者が調律をしていて、今回は私に依頼が来たときのお話です。

当日うかがっていつものように上前板や鍵盤蓋などを取り外して内部の掃除を始めたところ、そのお客様は「前の人はこんなもの外しませんでしたよ」とのこと・・・。 不思議に思いよくお話を聞いてみると、「上の蓋(上前屋根のこと)を開けて中を覗き込むようなことをしてたけど、15分もそんなことやって帰ったかしら?」と。

結局、この調律師は掃除はおろか、調律の作業さえも行わず、ただ、ちょっとのぞいていただけだった・・・。
しかも、その時の料金のことを聞いて驚いたのですが、相場以上の調律料金をしっかり取っていったようです。

舟木:確かにそれはありますね。私は大手メーカーに在籍していたのですが、入社後のフォローはかなり充実してました。経験年数によって独自の研修制度があり、それなりのスキルアップが保証されています。

でもこの業界のなかには悪質な業者も少なくなく、実際に調律業務のこととはまったく無縁の仕事をさせられたり、パワハラ、セクハラの被害を受けたなんて話も耳にします。

佐藤:もっとオープンになればいいんじゃないですかねぇ。たとえば国の許認可制にするとか、ある一定期間が経ったら技術的なテストなどチェックをするようなしくみができればずいぶん変わっていくんじゃないかなと・・・。

仕事に関しては、訪問先のピアノが、もしも私のピアノだったらっていつも考えてます。こんな汚れた鍵盤で弾きたくないなと思うときは時間が許すかぎりきれいに磨いたりします。

それと、もし修理や調整などが必要な場合にはお客様にきちんと説明するのはもちろん、実際にお客様が何を求めているのかをよく聞いて、その要望に限りなく近づけるよう心がけています。

舟木:私の調律師としての立ち位置は、簡単に言うと戦場の野戦病院の医師なんだと思っています。

以前、あるホールの楽屋とリハーサル室のピアノを毎月メンテナンスするような仕事もしてましたが、そこで待っているのは、叩きのめされ、傷と血だらけになったピアノたち・・・こんなボロボロになったピアノたちを相手に、すぐさま応急処置をしたり、大手術をしたりする。

でも、そんな大手術が必要なピアノは、ホールだけではなく、じつは一般家庭のピアノにもたくさんあった。長年放置されたままのピアノが山のようにある。長年相手にもされなかった瀕死の重傷者(ピアノ)がいる。

そのピアノや持ち主たちは、まず何を求めているのか。決して運動神経抜群の強靭な体や容姿端麗なプロポーションを求めているのではなく、彼らとそのピアノたちは、まず生き延びることを求めているのだと思います。

でも、ピアノに手術をして良くしたいと心ではおもっていても、多くのユーザーはそのための調律と調整を躊躇してしまう・・・ユーザーの大半が、料金のバラツキや不透明さを感じているからです。

ピアノのどこをどんなふうにするのか、それをまずお客様に明確に提示し、調整をする。その上で、納得して代価を支払っていただく。そんな調律師でありたいと思ってます。

佐藤:私の夢は、今、明確に持っているわけではありません。でも、結婚しても調律のお仕事はしていきたいと思っています。

仕事の内容はもちろんですが、お客様に「何度も来てもらいたい」と思ってもらえるような技術者を目指しています。何度も伺っているうちにお互いの信頼関係が深まって、こちらもピアノの状態をわかっていますし、そのほうがお客さんも安心します。お客さんのお人柄もわかっていますし、お客さんもこちらのことをわかっています。

調律に伺うと最低でも2時間はお宅に滞在しています。ピアノを媒体にしてお客さんと私の両者が笑顔になれる仕事内容や音楽環境を作っていくことができればいいなと思います。

舟木:私のスタンスは、戦場の野戦病院の医師であると同時に、町医者でもありたいとおもってます。小さい規模でも、先生はたったひとりでも、その町の人達から慕われる存在でありたい。

ですから、いたずらに事業を拡大したり、社員を増やすなどといったことは思ってなく、ただ自分と同じような考え方をする仲間を増やして行きたいと思ってます。

そんな仲間同士で仕事を助けてもらったり、逆に私が手伝ったりする。そういう環境を作っていきたいです。仲間が増えれば、例えば一般の方を対象にした公開調律なんてものを催すことも可能ですし。


■最後にこの「ピアノ調律師マンガ」を読む読者に対して、なにかメッセージを。

佐藤:アコースティックピアノをお持ちでない方は、調律師ってどんなことをするのかご存じないと思います。身近な知り合いが調律師って人も少ないですよね。

調律に興味を持つ人が増えてくれればいいなと思います。もしかしたら、これをきっかけに何十年も調律していないピアノを調律しようという人も出てくるかもしれないし(笑)

舟木:このストーリーをとおして、読者の方が将来やりたい仕事の中に調律師という選択肢を加える。そんなヒントになったら良いですね。




インタビューのお相手: 
横浜ピアノチューニング  さいたまピアノ調律

月刊 flowers (フラワーズ)
2010年 07月号

ピアノ調律師が主人公の マンガタイトルは、『ピアノドクター』